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1.三島由紀夫「金閣寺」ノート

金閣寺読書ノート

金閣寺は10章から成り立つ連載小説で昭和31年1月より10月までの十
ヶ月間に渡って「新潮」に連載された。昭和25年夏に実際に起きた事件を題
材にしている。

 新潮文庫「金閣寺」は正味274ページから成り、1ページが41字×18
行であるので、これは400字詰め原稿用紙にして500枚程度の長編小説と
いうことになる。三島はこれを毎月50枚のペースで書き進んだことになる。

 以下()内はおおよその原稿用紙換算枚数

第1章(53)

生地(2.5)
幼時(2.5)
海機生の剣に傷をつける(6.0)
有為子1(8)
有為子2(12)
 憲兵につかまる
 裏切る
 二重の裏切り・死
父と金閣を見る(22)
 経過
 事前の金閣
 車中
 金閣を見る
 住職と父
 金閣と父
 帰る・父の死 


  > 私は今まで、あれほど拒否にあふれた顔を見たことがない。私は自分
   の顔を、世界から拒まれた顔だと思っている。しかるに有為子の顔は世
   界を拒んでいた。月の光はその額や目や鼻筋や頬の上を容赦なく流れて
   いたが、不動の顔はただその光に洗われていた。一寸目を動かし、一寸
   口を動かせば、彼女が拒もうとしている世界は、それを合図に、そこか
   ら雪崩込んで来るだろう。

 描写というのは、これでいいのだろうか。結局、額も目も鼻筋も頬も、なん
とも表現されていないではないか。「月の光が」その上を「流れていた」と語
られているにすぎない。これは、風があり、薄い雲が動いていることなんだろ
うか。影がなければ光もない。その薄い影が流れて顔の表面を通り過ぎて行く
のを、「光が」「流れている」と表現しているのだろう。そこに時間と、静止
した光景と緊張が凝縮されている。「有為子」の表情の張り付いたような緊張
感も確実にイメージされる。つまり「描写」というのは場や外見を写すことで
なく、読者の想像力を最大限に喚起させる、あるいはその手助けをすることな
んだろう。

  > そうして考えると、私には金閣そのものも、時間の海を渡ってきた美
しい船のように思われた。

ここに出てくる「海」・「船」は、三島独自の、いわゆる観念の創造物とし
ての「海」ではない。これ自体、たしかに表現として巧みではあるが、主題と
しての「海」ではない。しかし、まだ金閣に出会う前のこの部分にこのような
表現を示したことによって、「主題」を強く暗示させていると言える。


第2章(44)

父の葬式(6.5)
徒弟となる・金閣との再開(5.0)
鶴川との出会い(7.0)
新聞を届ける役(3.2)
戦火と金閣(13)
 >
 >どもりを気にしない鶴川(入れ子=3.8)
 >
南禅寺・乳房(9.3)

  > 父の顔は初夏の花々に埋もれていた。花々はまだ気味のわるいほど、
   なまなましく生きていた。花々は井戸の底をのぞき込んでいるようだっ
   た。なぜなら、死人の顔は生きている顔の持っていた存在の表面から無
   限に陥没し、われわれに向けられていた面の縁のようなものだけを残し
   て、二度と引き上げられないほど奥のほうへ落っこちていたのだから。
   物質というものが、いかにわれわれから遠くに存在し、その存在の仕方
   が、いかにわれわれから手の届かないものであるかということを、死顔
   ほど如実に語ってくれるものはなかった。

 死と対置させるものとして「花々」を持ってきた。その花々が井戸の底を覗
きこんでいるようだという。生きているものがもつ存在が、死とともにはるか
に井戸の底の物質的存在へと墜落していく。そんなものまで見えてしまうのだ。
「こわいなぁ」と、思わずため息を漏らしてしまう。われわれが生きて生活し
ている世界だけが見えるのではない。表現するために、死の底まで覗いてしま
うのだ。三島は死の底の世界まで「海」に引きずり込もうとしている。「こち
らで海が完成したら、彼方で現実の世界が瓦解する」その「世界」とは、こう
した物質的存在という井戸の底までを含んだ世界なのだ。

  > 私はどこやらに何か美しい小さな色彩の渦のようなものを感じていた。

三島にとっては描写は対象となる存在の表から来るのではない。「井戸の底」
の存在の彼方から来るらしい。そしてそれは「海」にとりこまれてしまってい
る。三島の描写はいつも「海」からやってくるのだ。だからこそ、「色彩の渦」
を感じて、それをたぐっていくうちに対象たる「女」にたどりつくといった表
現が可能なのである。もちろん近代絵画という、「素材たる海」からの感性の
摂取は前提とされるだろう。


第3章(52)

母の不倫(5)
父の命日(13)
 母、鹿苑寺に来る
 母の野心
 発熱
終戦(17)
 終戦の日の金閣
 南泉斬猫(老師の講話)
 寺の日課の復活
 鶴川の無垢
 心の暗黒の台頭
娼婦を踏む(17) 
戦後と金閣の見学者
雪と金閣
外人兵と娼婦
踏む
煙草を老師に渡す
大谷進学の許


第4章(52)

娼婦流産(17.5)
 大谷予科進学
 娼婦、住職と面会
 鶴川の信頼
 老師無言
 弁疏の機会を失する 
大谷進学(2.5)
柏木との出会い(6.5)
柏木の告白(17.5)
 存在の条件(内翻足)との非和解
 檀家の娘との失敗
 村の寡婦との交合
    (柏木の「愛」=仮象が実相に結びつこうとする迷妄)
     柏木という仮象は女という実相を見ることにより、女という仮象は
   内翻足という実相を見ることにより、両実相は触れ合うことなく惑溺
   を完遂する
グラウンドの散歩(8.0)


第5章(52)

柏木の芝居(5)
柏木の告白の後の金閣(5)
鶴川の忠告(3)
嵐山遊山(27)
 遊山
 生け花の師匠のこと
 小督の局の墓
 柏木と令嬢
 下宿の女
 金閣現前
鶴川の死(6)
台風(6)    金閣と「相容れない事態」の予感



第6章(40)

尺八(12)
花盗人(12)
 >
 >南泉斬猫(柏木の解釈)(入れ子)
 >
生花の女師匠(13)
 南禅寺の女
 金閣の邪魔
支配の誓い(3) いつか金閣寺を支配することを誓う


第7章(72)

予感(4)
菊と蜂(5)
夜の雑踏で老師を見かける(5)
無言の放任(19) 
 入院の儀式
 女の写真
 老師の結着
出奔(39)
 老師の宣告
 借金
 御みくじ
 出発
 汽車
 沿岸
 海
 

  > それは正しく裏日本の海だった! 私のあらゆる不幸と暗い思想の源
   泉、私のあらゆる醜さと力の源泉だった。海は荒れていた。波はつぎつ
   ぎとひまなく押し寄せ、今来る波と次の波との間に、なめらかな灰色の
   深淵を覗かせた。

 ここで出てきた「海」は主題としての「海」である。この海に向かって主人
公ははじめて『金閣を焼かねばならぬ』という想念をはっきり呈示するのであ
る。『金閣寺』のテーマは、金閣寺に示される「美」や、柏木の告白の「論理」
にあるのではなく、まさしく「海」の側にこそあるのだ。
   


第8章(48)

出奔終わる(15)
 由良逗留
 警官に連れ戻される
 母
放火者(11)
 予科終了
 挙動不審の京大生
 火
柏木・借金取り(22)
 利息
 柏木、老師へ返済を求む
 老師「もう寺には置かん」
 鶴川の手紙(自殺)
 認識・柏木の芸術論
  南泉斬猫
  美は認識に守られている

> 私の行為はかくて付喪神のわざわいに人々の目をひらき、このわざわ
 いから彼らを救うことになろう。私はこの行為によって、金閣の存在す
 る世界を、金閣の存在しない世界へ押しめぐらすことになろう。世界の
 意味は確実に変わるだろう。……

 「付喪神」というのは「陰陽雑記云、器物百年を経て、化して精霊を得てよ
り、人の心を誑かす」つまり本来無常を本質とする事物存在が、在り続けるこ
とによって「不滅」というわざわい、幻想を人にもたらすのである。 
 金閣寺の「美」もまたそのようなものとして否定されなければならない。
 後年「文化防衛論」のなかで三島は「社会主義」の文化論とそれに対置する
当時の「文化主義」を批判して、モノとしての文化財を守るために戦いを放棄
することの愚に論究している。三島にとっては「海」を形成することが「文化」
なのであって、モノとして残されたものの中に価値の本質があるのではない。
 金閣の存在する世界(現実)を、金閣の存在しない世界(「海」)へ押しめ
ぐらすこと。「海」を本質化することの中に三島文学のテーマはある。 


第9章(39)

女郎屋(31)
 授業料
 北新地
 まり子
 「犯罪と刑罰」
うずくまる老師(8)


第10章(45)

準備(7)
 板戸の釘
 カルチモンと小刀
 自火報故障
 菓子パンと最中
事前(13)
 その日
 老師の客
 大書院の裏手に忍び出る
決行(25)
荷を運ぶ
幻の金閣・思いとどまる
言葉・決行へ
決行・拒絶される
煙草を吸う

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