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夢の中の永遠(4)

 
 「夢の中の永遠」(4)

 「それより、あなたもBBSを開局しませんか。いま、パソコン通信をやってい
る環境にホストシステムのソフトさえあれば、単回線ネットならすぐにでも開局で
きるんですよ。幸い、わたしのところのシステムも、フリーソフトのものですから、
そのまま使える形にしてあなたに転送してあげますよ」
 深刻な話の間にも笑みを絶やすことのなかったシスオペは、今度は熱心にホスト
運営を勧めた。そういえば、フリーソフトの入手の仕方やファイル操作の方法など
も、電子メールやチャットを利用しながら、このシスオペに大変な手間をかけて教
わったものだった。
 「でも、わたしのところで開局しても、だれも入ってきてくれないかもしれませ
ん」
 「ですから、お互いが相手のネットに入っていって、そこの会員としてみんなの
書き込みを誘うようなログをアップするんですよ。双方の協力によって二つのネッ
トが、相互に発展するというわけです。会員が増えたら合同でオフミーティングを
やりましょう、盛大に」
 「なるほど、でも、その時にですね、大きな会場を予約したのに、約束の時間に
なっても、二人だけだったとしたらどうします。結局二人以外は全部ダミーだった
としたら」

こうして散々な結果に終わった牧羊ネットのオフミーティングのあと、おれはシ
スオペと歩いて帰ることになった。お互いの住まいが近いことが帰途の話題になっ
た。途中、犬と散歩をする婦人とすれ違ったとき、シスオペは吐き捨てるようにつ
ぶやいた。
 「犬を飼っている人は、他人の迷惑を考えられないんですよ。自分にとってはか
わいいペットでも、犬嫌いにとってはそれこそいつ跳びかかって来るかわからない
凶器みたいなものなんですよね。それを、平気でベルトを長くしたまま散歩させた
り、道端につないだりする」
 「わたしも、犬は好きになれません。女房が好きで、飼ってはいますがね」
 「昨夜も遅くなって、コンビニエンスに買物に行ったら、店の前の柱に犬がつな
いであって、思わず蹴飛ばしてしまったんです。酔っているせいもありましたがね。
打ちどころが悪かったのか犬はけたたましく鳴いて、挙げ句の果てにベルトを首か
ら外して逃げていきましたよ」
 おれは絶句した。憤りが瞬時にして体内の血管を駆けめぐった。
 「うちの犬ですよ、それは。……そんなひどいことをして、それで若者たちに『
生命』を語ろうなどと。あなたのどこに生命を語る資格があるというのだ」
 シスオペはしばらくじっと立ったままこちらを見つめていた。さっきまで人の良
さを絶やさなかった彼の顔は、今は赤みを帯びて、次第に険しい表情に変わってい
った。
 「ぼくらの世代は、誰も『生命』なんて語れませんよ。あの山荘で明らかになっ
たものや、その他多くの、大義のようなものによる殺傷で失われた命を、ぼくたち
は全部見捨ててしまったじゃありませんか。そんなことはなかったことにして、今
の世界全体の大きな変化を、黙って受け入れるしかできないじゃないか」
 そう言い捨てるとシスオペはきびすを返して来た道を戻っていった。おれは唖然
としてその後ろ姿を見送るしかなかったが、しばらくするとまたわが家へ向かって
歩き始めた。
 おれはこの夜夢を見た。それは子供のころ学校帰りに拾った捨て犬の夢である。

            *   *  
 その時、おれは一匹の子犬だった。おれはダンボールに入れられて、雨のやみか
けた道端に捨てられていたのだ。小学校から帰る途中の〈あなた〉は、おれを見つ
けると駆けてきて抱き上げた。うちに連れて帰ると、あなたは食器にパンのかけら
と牛乳を入れて飲ませてくれた。やがて少年たちがあなたを迎えに来た。おれは足
元にじゃれながら彼らの後をついていった。雨のやんだのを確認してから、彼らの
足どりは山へと向かった。山の麓まで来たとき、おれはふと笹の葉の先端にある水
玉を見つけた。それは周囲の情景を映し出して、美しく露を結んでいた。おれは思
わずその水滴を食べた。それから、おれはあなたに抱き抱えられ、薮の中に入って
いった。そうして山の断崖にある空き地でじゃれながら少年たちの陣地作りに加わ
っていた。その遊びの過程で、おれはいつの間にかあなたの手を離れ、首領格の少
年の手に渡っていた。彼はあなたに何かをつぶやき、あなたの顔色が蒼白になるの
をおれは見つめた。
 「どうせ、飼ってはもらえんやろ」
 彼はおれを高く掲げると、威厳を誇示するように宣言した。
 「こいつを、いけにえにすることに決めた」
 おれは縄で胴を巻かれ、あっという間に断崖からせり出す枇杷の枝の先端につり
下げられた。祭儀のどよめきの中に、おれはあなたの姿を探した。一番遠い位置に
あなたはいたが、もはやその瞳は他の少年たちと同じようにいけにえの祭に酔って
いた。首領の伸びきった手によってナイフはかざされ、それは確実に縄を切断し、
この時、おれの落下は始まった。この断崖に続く石灰の山の白い岩肌が目に入った。
周囲の山々に囲まれた村とそこを流れる小さな川と、その先にあるさびれた港、そ
れら全ての情景が今おれのまなこを落下のスピードでよぎっていく。そして、すぐ
にたどり着くであろう笹の生い茂る山裾の原っぱ。加速のショックによってか、も
はやおれの目にはなにも見えなくなっていた。到達の衝撃を覚悟しながら、おれは
闇の中をどこまでも落下していった。しかしいつまでたってもその時は来ない。お
れはただ闇の中の落下をいつまでも持続させているらしかった。永遠の落下と、静
止とは、どこが違うというのだろう。夢の中で焦燥を続けるおれの耳に、たしかに
犬の鳴き声が聞こえてきた。

                                   (了)

 

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